雑記」カテゴリーアーカイブ

「給食共同調理場民間委託撤回を!」倉敷市の学校給食を良くする会が倉敷市に申し入れ

新調理場は、市内4ヶ所の調理場を集約し、倉敷市鶴の浦に12000食の新施設を2018年度に完成予定。そのための予算(民間委託のための調理業務委託料)の撤回を求めたものです。それを報じた地元「山陽新聞」の記事をご紹介します。

 


第33回 「聖良寛文学賞」授賞式

岡山県南地域で文学活動に功績のあった人に贈る「聖良寛文学賞」の第33回受賞者に天文学の香西洋樹氏、教育者・地方史家の佐藤圭一氏が選ばれました。今日はその授賞式が玉島市民交流センターで行われました。

佐藤圭一氏の推薦人である私にとって、氏の受賞はとてもうれしく、氏の晩年にいくらかのお花を添えることができ、これほどうれしいことはありません。本日受賞されたご両氏のますますの御健康をお祈りいたします。


12月13日、朝日新聞「天声人語」から

 

(「南京大虐殺記念館」の前庭にて=2007・10・27大本芳子撮影)

12月13日の朝日新聞「天声人語です。~▼どの国にも負の記憶はある。日本軍が南京で多くの中国人を虐殺したのが、80年前の今月である。記憶することの難しさと、忘却することの危うさ。ノーベル文学賞を受けた小説家が投げかける問いは、色あせることはない。▼記憶、とりわけ加害の記憶を受け止めるのは誰にとっても容易ではない。~

私はこの一文を読んで深く感銘しました。

 

 

 


きょう太平洋戦争開戦76年

きょうは、日本軍がハワイの真珠湾への奇襲攻撃を行い、アメリカを初めとする連合軍を相手に無謀な戦争に突入し、戦争を拡大した日です。

15年にわたる侵略戦争で、310万人の日本人、2000万人を超えるアジアの人々が犠牲になりました。その傷跡は今でも多くの人々を苦しめています。戦争の悲惨への思いを新たに平和の叫びをあげ続けることは戦争の誤りを繰り返さないために不可欠です。

(写真の赤紙は、召集令状です。この赤紙が来たら否応なく戦場に行かねばなりません。拒否すれば逮捕・処罰されることがこの赤紙の裏に明記されています)


第19回 中国問題文化講演会=「玉野に連行された中国人」

1943年4月以降、中国人約4万人が、日本の占領機関に自宅から強制連行され、全国135の事業所で強制労働をさせられた。その中700人が空腹と重労働で死亡。

岡山県玉野市の日比製錬所 には、133名が連行され強制労働。26人が死亡しました。私は初めて今年その慰霊祭に参加しました。

日中友好協会倉敷支部では、「連行された人々の尊厳と名誉を回復し、日中友好の懸け橋に」と学習会を計画しました。

 


<9月度>自分史教室私の 発表作品 = 地図から消された大久野島=

「地図から消された大久野島」を掲載します。お読みいただければ幸いです

 

地図から消された大久野島

大本芳子

二〇一七年三月、倉敷医療生協と日中友好協会倉敷支部共催で、「大久野島・戦争遺跡フィールドワーク」を行いました。
大久野島は、広島県竹原市忠海の沖合に浮かぶ周囲四キロメートル、椰子の木の美しい南国ムードあふれる、リゾートアイランドです。忠海港から船で十五分という交通の便のいい島で、島内には七〇〇羽ともいわれる野生のウサギが生息しています。このウサギとのふれあいがこの島の人気を、一層確かなものにしています。この日は平日にもかかわらず連絡船の発着場は、こどもづれの若い夫婦で賑わっていました。
この大久野島には、前述のリゾートアイランドという顔と、もう一つの顔があり、いま外国人観光客に静かなブームを呼んでいます。
それは、この大久野島が世界で初めてといわれる毒ガス資料館や、毒ガス貯蔵庫跡・砲台跡など歴史的な戦争遺跡があることです。
旧日本軍が一九二九年から十五年間、この島で毒ガスを製造し、戦争で多くの外国人を毒ガスで殺傷した加害の歴史を持った島であるということです。
当時、毒ガスは国際条約で使用が禁止されていましたが、日本はそれを無視し、この島で毒ガスを製造し、国際条約に違反して戦争に使用し、特に中国人を多く殺傷したのです。
毒ガス生産は、極秘で行われました。そのため大久野島で働いた人には、工員だけでなくすべての人に島で見たり、聞いたりしたことは、口外しないことが、厳命されていたそうで、その秘密を守るため、大久野島は地図からも消されていました。(一九三一年の地図には大久野島は存在していますが、一九三八年の地図からは消されています。)ひどい話です。資料館では、その証しとなる二つ地図が、ビホワアー&アフターという形で展示されていました。
私は今まで日本国内にある戦争と平和に関する記念館や資料館を数多く見てきましたが、日本が犯した戦争の加害のことに触れたものは、ありませんでした。
私たちが子や孫に戦争の悲惨さ、愚かさ、平和の尊さを語る時、被害・加害の両面を語ることがどんなに大切な事であるか。山内正之先生(「大久野島から平和と環境を考える会」代表・竹原市在住)のご講演とご案内いただいたフィールドワークがそれをしっかりと教えてくれました。とても有意義な「目から鱗」の旅でした。