月別アーカイブ: 2013年1月

登山その中に、山に登るときと下りるときでは、同じ景色でもびっくりするほど、違うというようなことが書かれていました。今まさに私は下山の途についているのです。今まで 見えなかったものが見えたり、新しい発見もあるでしょう。楽しみな下山です。下山は完結ではなく、次の峰へのプロセスです。

峰は、いつも遠くて見えませんが、私たちを招いているのは確かです。俳句の魅力、俳句の力、俳句の不思議に憑かれて暮らす時間のある晩年は生き生きと楽しいものになるでしょう。

私を俳句に引き合わせてくれた円通寺、良寛句碑、本当に出会いとは不思議でうれしいものです。

さあ!私の第2ランドの始まりです。

 

 


倉敷市議会で質問中   脱稿の朝しらじらとほととぎす  芳子

苦労して、苦労して議会の質問原稿を書き上げたときの句です。脱稿して「ほっ」としたとき、待っていたようにほととぎすが鳴いたのです。

議会果つ満天の星数えをり  芳子

一生懸命に論戦を張った議会が終わると外は真っ暗です。数えられるものでもない、星を数えていました。ちょっと童心にかえって。

ところで、話はがらりと変わりますが、私は、9期34年務めた市議会議員をこの1月をもって退きました。議員というある種特殊な世界に生きてきた私には、これからに戸惑いも感じています。そんな時、五木寛之の「下山の思想」という本に出会いました。


ちょうどそのころ南風の同人の三村宏二先生の句会が身近に出来ていて参加、ご指導を受けました。そして先輩の中山多美枝さんから、南風への投句を進められ会員になりました。

それから本気で俳句を学ぶようになって、私に変化が起きました。無意識のうちに、議会の質問原稿に季節感を取り入れるようになっていたのです。また懇談や演説でも、言葉がやわらかく、とても具体的でわかりやすい、と言ってもらえるようになりました。自分ではあまり意識していませんが、言葉を大切にするようになっていたのだと思います。

たった十七文字の俳句ですが人を中から変える驚くべき力があるのです。 俳句を学ぶことは言葉とその心を学ぶことだと気づきました。とはいえ、議員という公職はなかなか俳句に時間をくれません。句会や吟行への参加もままなりません。

南風に依って俳句を学ぼうと決心した以上、欠詠しないことを第一に、どんなに忙しい時でも頑張ってきました。

寒牡丹


私は8歳のとき、岡山市で空襲に遭い、裸同然で、母の親戚を頼って、倉敷市玉島へ逃げてきました。住むところがなかったので、円通寺の良寛堂に半年ほどお世話になりました。(当時、良寛堂には、中国からの引揚者や岡山空襲の被災者等5世帯が、障子を境に生活していました)。

ご承知のように円通寺は聖僧「良寛」の修行されたところで有名なお寺です。今考えると、なんと恐れ多いところに住まわせていただいたものか、と思います。

こんなことから私は良寛さんを知り、良寛さんの俳句に出会いました。円通寺には何か所も良寛句碑があります。私の好きな句は、

裏を見せ表を見せて散るもみじ 良寛

この句碑の前へくると、いつも立ち止まって良寛さんを忍び、声を出して句を読みます。これが俳句との出会いでした。こうして知らず知らずのうちに俳句に近づいていたのです。

ryoukann